【鳥散歩】平成30年 #19『7月その① 小田原 報徳二宮神社』


えーと...いきなり『痛インスタな人』....みたいな空の写真スタートで申し訳ございません。

これ...、2週間...いや...3週間近く前でしたか...『アッチーなぁオイ...( ̄д ̄)』とかブツブツとぼやきながら空を見上げてましたらね、鳥さんがいっぱい飛んでいるかような雲が目の前にあったんですよ。

ほんで、思わずスマホでそれっぽく(どれっぽく?)撮ってみた.......ってやつです。

この写真を撮影した頃って、風の強い日がけっこう続いたんですよね。

なので、とにかく連日空が騒がしくてですね、こんな具合に雲がわちゃわちゃとしておりました。

鳥のように見える雲...と言ったら、そうですね...たとえばスピリチュアルな方ですと、鳳凰さんを思い浮かべたりするのでしょうけど、今回はかわいらしく鳩...ってな感じで、どうかひとつよろしくお願いいたします。(^^♪

♪♬~(^^♪

うろ:痛い人...みたいな...』
痛くないもんっ!! (*`н´*)ブー!!




さてさて、わたくしが出没&生息する地域では、梅雨明けから厳しい暑さが続いております。

そいつはどんなあんばいなのか...と申しますと、連日のように真夏日...へたしたら猛暑日っていうくらいの気温でございまして、【鳥散歩】のネタ収集が思うようにできておりません。

この猛暑日な気温の真っただ中で10km超の長距離散歩なんぞ

アンタどんだけ『ドM』なんだよ!?

....てな誤解を周辺からされかねませんし、わたくしに何か故障が生じた際には、本部で警備をしている隊員どもにも多大な迷惑をかけてしまいますので、これはさすがに行動をセーブせざるを得ません。

ま、自分でも35℃とかの気温の中で長距離を歩きまくるなんて.....やっぱ、尋常じゃないな.....って思うし....。( ̄д ̄)


この夏の間は、目的地を決めて、乗り物等での現地直行...などの形に切り替える方向で考えます。(^^;




今回は少し前、紫陽花の季節に小田原城へ行ったときに寄らせてもらった

『報徳二宮神社』
のお話。

まずはこちらの神社、ホニャララのミコト...といったような元からの神様を祀る神社ではなく、人神(ひとがみ)を祀る神社でございます。

人神とはなんぞ?

....ってことなのですが、人間としてこの世を生きた者が没したのちに、その人物を神として祀る信仰の形です。


まぁ、神様として祀られるほどですから、もちろん日本の歴史上、大きく名を馳せた...もしくは『今の日本があるのはこの人のおかげ』...ってなくらいの多大な貢献をした...だとか、または重大なる影響を及ぼした者...ということになるのですが、ちょっと簡単に説明いたしますとですね、この人神と呼ばれる神様にはザックリと分けて2タイプございます。

ひとつは、この世に強い憎しみなどを残したまま没した者の祟りを恐れ、その鎮魂のために人神として祀る場合と、もうひとつは、もんのすごいどえらい業績を残した偉人を後世に語り継いでいくため人神として祀る場合の2タイプです。

で、こちらの『報徳二宮神社』は、後者の優秀な業績を残された『二宮尊徳』さんを祀る神社...となっています。

ウィキペディアより
二宮尊徳

彼は、江戸の時代、相模国足柄上郡栢山村(かやま)...現在の神奈川県小田原市栢山にて、お百姓さんの長男として生まれ、のちに思想家となられた方であります。

名前の読みは『たかのり』というのが正しいのだそうな。

思想家?

....と、ピンとこない方のために、もうちょいとポピュラーなお名前の方でご紹介しますと

二宮金治郎

彼は幼い子供の頃より苦労をしながらも勤勉であったとの話から、このように薪を背負い、仕事をしながら勉強に励む姿の立像が作られました。

この立像、小学校の敷地内などでよく見掛けますよね。

最近は『歩きながら本を読むなんて危ない』だとか『歩きスマホを助長する像である』といった声が上がるなどの影響で設置されていない学校もあると聞きますが、そもそもこの二宮金治郎』について、なぜ彼がこうして薪を背負って仕事をしながら本を読んでいたとされているのか...そこを理解できたなら、この立像に対する見方がガラっと変わると思うのです。


いろいろと諸説はあるのでしょうが、江戸の時代といえば当然電気などありませんので、本を読めるだけの明かりを確保するにはそれなりに油を必要としたでしょう。

家族の生活を支えるために、昼は薪取りをし、夜はわらじを作っていたと言われている彼ですから、明るい昼間、薪取りの移動中なら夜間に油を使って本を読むよりも、同時に仕事もこなせるし、油の節約もできていいじゃないか...と考えたかもしれません。


その解釈でいくと、背負っている薪を傍らに置き、座って本を読む像にしてしまったら、どうなると思います?......そうです、仕事サボって本読んでんじゃん.....ってな風になってしまいますよねぇ....。

それでは『二宮尊徳』の生涯残してきた功績とも大きくイメージがかけ離れてしまうのではないでしょうか。

実際、彼が子供の頃に薪を背負って読書をしていたという事実があったのかなかったのか...などということはどうでもいいんです。

『二宮尊徳』が幼い頃より自分のためだけでなく多くの人のために努力を惜しまぬ誇るべき日本人であったことが伝われば...という像であるとわたくしは思っています。

あ、念のためお断りしておきますが、ここまでの話は、あくまでもわたくし個人の想像...ということでご容赦願います。

ま...、この話はこのくらいにしておきましょう。(^^;





さてさて、話を戻しまして、こちらの『報徳二宮神社』は、明治27年尊徳さんの生まれた地であるこの小田原に創建されました。

『二宮尊徳』の偉業については、まことに勝手ながら端折らせていただくことにしまして、とにかく中へ入るとしましょう。(=゚ω゚)ノ


正面の入口、白木の鳥居です。

神社って、けっこう石の鳥居が多かったりしますから、白木の鳥居は太陽の光を浴びてなんだかとっても眩しかったですねぇ。


 ....と、思っていたら、二番目の鳥居は石製でございました。

するってぇと、何かい?...三番目の鳥居は...

銅だぞ...

ほぉほぉ、なるほど...。(@_@)

白木・石・銅...この順番には何か意味があったりするのかな...などと、また要らぬ好奇心に駆られそうになりましたが、あまり脱線すると戻すのが大変になりますので、今回は先へ進みます。

二宮尊徳 翁

『私利私欲に走らず、社会に貢献すれば、いずれ我が身に還ってくる』

彼は、そういった思想をもって多くの村を、町を、活性化させた実践家でもあります。




参道を歩きながら、そろそろお参りのための清めをしようと手水舎を探しましたら

あら...立入禁止。

わたくしがこちらに寄らせてもらったのは6月の中旬頃でしたので、現在はどうなっているのかわかりませんが、改装のためか、手水舎がこのように使用できなくなっておりました。

でも大丈夫、向かって拝殿左手に簡易的ではありますけれども手水所が設けてありましたよ。




御社殿は、木々の中に建つ静かな雰囲気の造りでした。

朱色が主体のババーンと明るい神社もいいですが、こういったシンプルなところも、実に厳格な神聖さがあっていいですよね。


わたくしがお参りした時刻は、もう夕方の4時過ぎでございましたので、特に何か御祈祷されている方はいらっしゃいませんでしたが、こちらの神社で結婚式を挙げる方も多いのだそうですよ。

神社での格式高い結婚式といえば、ずいぶんと以前に広島の『厳島神社』で挙げていらっしゃる方を見たことがありますけど、ちょっと宮島さんでは観光客がうじゃうじゃでしたからねぇ...まぁ、賑やか過ぎるわ、ジロジロ見られちゃうわで少々アレ...な感じでしたが、こういったところでなら本当に静かで感動的な結婚式ができそうですね。(^^♪


お参りを済ませたら、神社の巫女さんがいらして御社殿の戸締りを始められました。

もしかして、わたくしのクッソ長いお参りが終わるのを待っていてくれたのかな...。(^^; スマナイネェ...





木々に囲まれた静かな神社....。

こういうなんというか、落ち着く空気感がわたくしは好きなんですけれど、わたくしの天敵である蚊も、実はそういうところを好むのでございまして、今の季節はやっぱり虫刺され対策....必要かもしれませんね....。(^^;


ほんじゃ、今回はここまで。 (=゚ω゚)ノまたなっ!!

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